Why Did We Collapse? (Japanese): 1992 (Japanese Edition)

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アフガニスタン―外国軍隊撤退開始に寄せて日本と世界に訴える

<解説=野口壽一>
本書を理解するために

西側世界にとって80年代のアフガニスタンはブラックボック
スである。周辺情報はいくらでもあるが内部情報は少ない。
状況証拠や公式情報をベースに憶測するしかない。
80年代の10年近くアフガニスタンに直接武力介入を行い、
それが崩壊の原因のひとつともなったソ連に関しては、アメリ
カに対抗する超大国であったこと、ソ連を引きついだロシア
が依然として軍事的経済的に大国であることから、この武力
介入は研究対象とされてきた。ソ連が崩壊してロシアとなり当
時の内部資料が一部公開されるようになり、アフガニスタン武
力介入に関わるソ連内部の動向が少しずつ明らかにされつ
つある(1)。また、このような地道な研究はその後も続けられ、
成果が発表されている(2)(3)。

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Description

“Why Did We Collapse?”, originally written in Persian and translated into Japanese by Noguchi Juichi, describes the circumstances that led to the collapse of Dr. Najibullah’s government in Afghanistan in 1992.

商品の説明

内容紹介

アフガニスタン―外国軍隊撤退開始に寄せて日本と世界に訴える

<解説=野口壽一>
本書を理解するために

西側世界にとって80年代のアフガニスタンはブラックボック
スである。周辺情報はいくらでもあるが内部情報は少ない。
状況証拠や公式情報をベースに憶測するしかない。
80年代の10年近くアフガニスタンに直接武力介入を行い、
それが崩壊の原因のひとつともなったソ連に関しては、アメリ
カに対抗する超大国であったこと、ソ連を引きついだロシア
が依然として軍事的経済的に大国であることから、この武力
介入は研究対象とされてきた。ソ連が崩壊してロシアとなり当
時の内部資料が一部公開されるようになり、アフガニスタン武
力介入に関わるソ連内部の動向が少しずつ明らかにされつ
つある(1)。また、このような地道な研究はその後も続けられ、
成果が発表されている(2)(3)。
しかし、アフガニスタン内部の事情に関していうと、80年代
を通じて政治の中心となっていたアフガニスタン人民民主党
(PDPA)(4)が完全崩壊し、その後ほとんど20年間、破壊的な
内戦状態がつづき、人的にも資料的にもデータが散逸ない
し消滅する厳しい事態が出現した。人民民主党政権が崩壊
してからの4年間は前政権を打ち倒したムジャヒディン(5)同士
がミサイルを含む最新兵器で内戦を繰り広げ、首都カーブル
は文字通り廃墟となった。さらにまた、内戦に明け暮れるム
ジャヒディンを武力で放逐したタリバン政権(6)はイスラム回帰
を旗印にカンボジアのポルポト政権に勝るとも劣らない反西
欧文明政策を実施し、政治文書だけでなく文化娯楽作品ま
で焼き払う徹底ぶりであった。
しかもアフガニスタン社会の破壊は、2001年からのアメリカ
による武力介入によりさらに拍車がかけられた。アメリカはソ
連の侵攻時をはるかにしのぐ空爆を実行した。そしてその戦
争はさらに10年、いまだに続き、年々激しく、かつ破壊の度
を増している。このような戦争状態の継続のなかで、80年代
の政権党内部の動向など、日本語によるアプローチでなくて
もほとんど不可能に近い状況にあった。

一方、消滅したとはいえ80年代のおよそ10年間を通して存
在した体制のもとで活動したアフガニスタン人はいたし、社会
的な利害関係をもって支えた人びともいた。一部の人びとは
国内に残っているが大部分は難民となってアフガニスタンから
逃れ、国外において80年代を回顧する文章を残しつつあ
る。
近年のインターネットの発展は国外・国内にいるアフガニス
タン人をつなぎ、回顧するだけでなく、アフガニスタンの平和
と人権の擁護、よりよい生活をめざして毎日、未来を見据え
た活発な情報交換や交流がなされている(7)。アフガニスタン
の現在はいまもなお80年代と直結しているのである。
このような状況のなかで、日本に10年近く駐日大使として
赴任し、アフガニスタンに帰国してからは副首相、副大統領
として文字通り人民民主党政権の死に水をとったアブドゥル・
ハミド・ムータット元駐日大使(以下、他の人も含め、すべて
の人の敬称略)が、折に触れて書きためてきた文章をベース
に、アフガニスタン帰国後の5年間の内部事情を日本人読者
のために再編成し書き下ろしたのがこのドキュメンタリーであ
る。
物語はムータットが日本での任務を終えてアフガニスタン
に帰国する1987年に始まる。彼がなぜ10年近くも日本に大
使として赴任しつづけなければならなかったのか、その理由
にはアフガニスタンの事情だけでなく、日本の問題も含まれ
ている。
ムータットは特命全権大使として1978年6月に日本に着任
した。その時日本とアフガニスタンは正常な国交関係にあり、
ムータットは1978年7月10日、皇居において昭和天皇にアフ
ガニスタン政府の信任状を提出し日本国のアグレマン(8)を受
けた(9)。しかし着任して1年6カ月後、ソ連軍のアフガニスタン
侵攻が開始され、それに対抗する形で西側世界全体はソ連
に対する糾弾・制裁を始めた。ソ連の武力介入と同時にカー
ブルに設立されたカルマル政権(10)に対しても西側各国は大
使を召還し政治・外交・経済関係の断絶を図り、その年のモ
スクワオリンピックをボイコットした。日本もこの反ソ連・反アフ
ガニスタンキャンペーンに加担し、国交断絶こそしなかった
がPDPA 政権が崩壊するまで大使を召還し、その間アフガニ
スタンには大使を置かなかった。世界をふたつに分かつ激
動の中で、ムータット駐日大使とアフガニスタンは、ひとたび
大使を召還した場合日本への再入国が不可能、つまり日
本・アフガニスタン両国には大使の交換がない国交断絶状
態に陥ってしまう状況に追い込まれた。つまり、日本が特命
全権大使としての再入国を拒めば、日本にアフガニスタン大
使が存在できなくなるのである。

ムータットには西側世界への数少ない正式窓口として東京
の大使館を守る任務が課せられた。厳しく吹き荒れたソ連・アフガニスタン制裁機運を少しでも和らげ、真実を伝えるた
め、一度も帰国することなく日本で奮闘したのである。(11)
武力によるアフガニスタン政府支援が行き詰まりアフガン国
内の対立が深まる過程で、1986年5月、ソ連はカルマル政権
に見切りをつけナジブラ政権(12)を成立させた。そして従来の
革命路線から国民和解路線へと舵を切ったのである。
物語の冒頭で語られるように、ソ連の武力介入後7年が過
ぎて、アフガニスタンの政治におけるムータットの役割に転換
が生じた。東京でアフガニスタン政府の窓口としての活動を
するよりも、アフガニスタン問題解決のためにより直接的に働
くよう求められたのである。つまり、ソ連軍との戦いの過程で
頭角を現してきた「渓谷の獅子」と呼ばれるマスード司令官(13)
との和解交渉である。詳細は本編で語られるが、ムータットは
同郷で遠い縁戚関係にある同じタジク人としてマスードとの
交渉にはうってつけであった。物語は、ナジブラ政権中枢に
おいて副首相、副大統領として国民和解に取り組むムータッ
トの苦闘によって幕を開ける。
その風貌と性格から「荒野のブル(野牛)」と呼ばれたムハ
ンマド・ナジブラ大統領や政権上層部の動向と心理状況を1
987年から1992年の政権移行の時まで、これほど克明に描写
した記録はムータットの手になるもの以外にはないのではな
いか。しかしこの物語の主人公のひとりは直接登場すること
は非常に少ないが、パンジシール渓谷に拠点を置きソ連や
アフガン政府軍と戦争しつつ、ナジブラ政権内部の隅々にま
でネットワークを張り巡らせ、背後から圧力をかけ、ある時に
は直接指示を出して操るアーマド・シャー・マスードである。
彼はムジャヒディン戦線の一翼を担う反ソ連・反政府司令官
でありながらパキスタンに拠点を置くその他のムジャヒディン
とは本質を異にしていた。すなわち、外国勢力の手の内で踊
る反対派と連携しつつ一線を画す、アフガニスタンそのもの
と言うべき存在であった。マスードはソ連軍の絨毯爆撃をか
いくぐりパンジシールに病院や学校などの建設にもとりくみ、
戦争をつづけながら国づくりを行う。
ナジブラ政権もソ連からの独立を(ソ連側から強制されたも
のであったとしても)果たす責務を負っていた。「荒野のブ
ル」の戦いと「渓谷の獅子」の戦いが、圧倒的に後者の優位
に転換していく様子を、ムータットは8000メートルの高空を悠
然と舞い飛ぶ「ヒンズークシの鷹」の目による観察と両者の間
に介在する自らの行動によって明らかにしていく。アフガニス
タンからの撤退を果たそうとするソ連軍は、ナジブラ政権より
むしろマスード司令官と直接交渉する道を選ぶ。ムータットは
当時のソ連ゴルバチョフ大統領の親書をマスード司令官
に手渡しに赴く。司令官は戦略的な観点からソ連軍を助け、
国内で戦う政府軍司令官や兵士らに対して融和的な措置を
つぎつぎと打っていく。敵との約束を誠実に履行するマスー
ド司令官の姿勢が政府軍の中に亀裂をうみだし、政府軍とマ
スード軍との連合を実現し、ナジブラ大統領を追い込んでい
く。
物語後半においては、パキスタンに拠点を置くムジャヒディ
ン派との妥協に走り権力にしがみつくナジブラ大統領派に対
して、マスード司令官ら国内に基盤を持つムジャヒディンへ
の権力移行を実現しようとするムータット副大統領ら国内派と
の内部闘争が描かれている。緊迫と迫真のやり取りがスピー
ド感あふれる筆致で描かれている。本書の白眉である。
さて、このドキュメンタリーから現在に引き続くいかなる教訓
を読み解くのか、ムータット元副大統領の序文と本編を熟読
され、読者の皆様一人ひとりにお考えいただきたい。

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